長崎地方裁判所佐世保支部 昭和43年(ワ)89号 判決 1968年10月31日
原告 甲野花子
被告 乙野美子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和四三年四月一〇日なした強制執行停止決定を取消す。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
原告は「被告が訴外乙野こと甲野民夫に対する長崎家庭裁判所佐世保支部昭和三二年家(イ)第六号調停事件の執行力ある正本に基づき昭和四三年三月二九日別紙目録記載の物件に対してなした強制執行を許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求め、請求の原因として
「1、被告は訴外乙野こと甲野民夫に対する請求趣旨記載の債務名義に基づき昭和四三年三月二九日別紙目録記載の物件に対して強制執行をなした。
2、しかし右各物件は右甲野民夫の妻である原告が同人と婚姻する前あるいは婚姻の際に購入して持参したものであり、いずれも原告の所有であって甲野民夫の所有ではない。
3、そこで被告に対し前記強制執行の排除を求める。」
と述べ、被告の主張事実を否認した。
被告は請求棄却の判決を求め、次のとおり答弁した。
「請求原因1項の事実は認めるが2項の事実は否認する。
原告は甲野民夫と被告との間の昭和三二年家(イ)第六号調停事件の直後から民夫と同棲し、事実上の夫婦生活をしていた。本件物件を含むあらゆる世帯道具はその後に購入されたもので、民夫ら夫婦の共有財産である。婚姻の際持参したというのは悪意のいつわりである。原告の提出している証拠は商店をたずねまわって作ってもらったにわか作りの領収書であり、その宛名などは信用できない。
このようなみにくい紛争の原因は実に原告にある。原告は給食婦として○○小学校に奉職していた昭和三二年頃から同校の用務員で妻子のある甲野民夫と関係し、理由もなく家庭裁判所の調停に持出して被告と離婚させ、当時三才と当才の親子三人を不幸の底におとしいれ、その後一〇年間再三再四住居を変え職場を変えさせては被告に対する養育費送金の義務を実行させず、このたびやむなく強制執行をすれば異議申立をして悪意も甚しい。
原告がよく反省して夫をして義務を果させ、妻として夫に協力して養育費の支払を実行するよう強く要求する。」
証拠≪省略≫
理由
一、被告が訴外乙野こと甲野民夫に対する長崎家庭裁判所佐世保支部昭和三二年家(イ)第六号調停事件調書の執行力ある正本に基づき昭和四三年三月二九日別紙目録記載の物件に対して強制執行をしたことは当事者間に争がない。
二、原告は、本件各物件は原告が甲野民夫と婚姻前又は婚姻の際に購入したものである旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張に沿う部分も見出される。しかし右各甲号証の記載によってみても別紙目録1ないし6の物件は昭和三六年以降の購入にかかるものであり、他方≪証拠省略≫によると原告と民夫の婚姻は昭和三五年三月一六日であるから前記原告の主張は右各物件については到底採用し難い。右以外の物件は昭和三五年中に購入されたものであることが一応認められるが、後記認定のように原告と民夫は昭和三二年頃から既に内縁関係にあったのであるから、結局本件物件はすべて右両名が事実上の結婚生活を始めた後に共同生活の必要上購入されたものと認むべきである。
なお前記各甲号証にはこれらの物件が原告個人の名義で購入されたかのように宛名を表示しているが、≪証拠省略≫によると右書証は原告が本訴に使用するため最近各商店をまわって作成してもらったもので、必ずしも当時の帳簿書類等に基づくものでなく、その多くは原告の依頼どおりに記載されたことが窺われ、右の記載によっては本件物件が原告個人によってその名義で購入された事実を確認するにたりない。もっとも原告は当時から小学校に勤務していわゆる共稼ぎをしていたものであり、本件物件が民夫の単独所有に属すると認むべき事情もないから民法七六二条ないしその準用によって本件各物件は甲野民夫と原告との共有に属すると推定するのが相当である(この点は被告も認めるところである)。≪証拠判断省略≫
三、ところで一般に共有者中の一人に対する債務名義によって共有物に対する強制執行がなされたときは他の共有者は第三者異議の訴により右の執行を阻止できると解され、この理は目的物件が夫婦の共有に属する場合にも原則として同様であるとしても、本件において≪証拠省略≫を綜合すると次のような事情を認めることができる。
訴外甲野民夫と被告とは昭和二八年妻の氏を称する婚姻をなし、当初は被告の父乙野政治と同居し、翌二九年からは政治と別居して○○町の借家に移り、一応平穏な生活を続けて二人の子供も生れた。ところで民夫はその頃佐世保市立○○小学校に用務員として勤務していたが、やがて同じ学校で給食婦をしていた独身の原告と恋愛関係に陥り、その反面妻である被告をないがしろにして給料も満足に渡さなくなり、家から締め出すこともあった。そのため被告はやむなく実家に帰ったこともあるが、既にその頃黒髪町の自宅や民夫の当直中の学校に原告が民夫を訪ねて来ているのを見たことなどから両名の関係を察知していた。
こうして民夫と被告の婚姻生活は原告の件が原因で破綻し、昭和三二年に至って民夫から離婚調停の申立をした結果、子供二人は被告が引取り民夫は養育費として子らが一八才に達するまで一人につき毎月二、〇〇〇円宛を支払うことで離婚の調停が成立した。民夫は右離婚の直後から前記○○町の借家で原告と同棲し、その後他に転居してからも内縁関係をつづけ昭和三五年に至って正式に婚姻し、その間に二人の子も生れたが、被告に対して支払うべき養育費は当初の二ヵ月分余りを支払ったのみでその後一〇年間なんらの支払をしていない。このため二児をかかえた被告は一時生活保護を受けたり就職したりして辛うじて生活し、現在実父のもとに身を寄せているものの父は老令で身体障害者でもあるので、生活の目途がつかず、やむなく今回本件の強制執行をしたものである。
≪証拠判断省略≫
以上の事実その他本件に現われた諸般の事情を考え合せると、本件において原告が被告に対し本件各物件の共有権を主張して強制執行の不許を求めることは信義則上到底許されないと解すべきである。けだし原告は、いかなる事情があったにせよ妻子のある男と深い関係に入り、それが原因で被告と民夫の結婚を破綻させ、少なくとも結果的に被告ら母子三人を不幸の底に突落した当事者である以上、せめて民夫が被告に対し履行すべき最少限の養育費の支払については、現在の妻として、また原因の責任の一半を担うべき者として、多少なりともこれに協力すべき信義則上の義務を被告との関係で負っているとみるべきである(なお民法七五二条参照)。しかるに原告がこの一〇年間右のような協力を全然しなかったことは証拠上明らかであるから、今に及んで本件各物件の共有権を主張し強制執行の排除を求めることは信義則によって許されないものといわねばならない(民法一条二項)。
以上の次第で本訴請求は理由がないからこれを棄却し、民事訴訟法八九条、五四九条四項、五四八条一項二項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 楠本安雄)
<以下省略>